長門本 平家物語
 
―装丁について―
 
 
 
 本書の装丁に描かれるのは、「丸に揚羽蝶」という家紋。平維盛が乗用していた牛車にこの紋があったことから、平家の家紋として定着している。そもそも正倉院御物にみられる古い紋様で、平貞盛が天慶の乱を鎮圧した功により朝廷から下賜された鎧に蝶の文様があったところから平氏と結びついていったとか。武門としてはなんとも優雅で、また、武門なのに優雅さを備えてしまった平家を象徴するようで、「平家は丸に揚羽蝶」というバランスを、私は気に入っている。ただし、各家に家紋があるという文化自体は室町頃からのものらしく、平家の時代に、黄門様の紋所の如く用いられていたとは考えにくいけれど。
 
 ともかく、その蝶紋を大きくあしらったのが、今回の装丁のポイントである。この紋、よぉく見てみると結構リアルで、じつはおもしろい。昆虫の基本である6本の足がちゃんと描かれているし、触覚らしきものもある。いにしえ人を侮ってはいけない。彼らもまた、きちんと物事を見ているのである。下地の紅は、言わずと知れた平家の旗色をイメージ。本当はもう少し赤いのだろうとは思うが……(ちなみにカバーをはずしてしまうと、白。源氏か?)。出版社がわから、別にデザインが提案される手筈だったのだけれど、それをお断わりしてまで、使いたかったデザインである。こんなことまで文句を付ける編者があるものかと自ら思いながらも、我儘をお許しいただき感謝です。そもそもお二人の共編者のご賛同に感謝です。せっかくの仕事なのだから、出来ることなら気が済むところまでこだわりたいものである……なんてところが小物の証か。そんなことよりも注意をはらわなければならないところがあったであろう、という謗りも覚悟の上で、やはり綺麗な本に注力してしまうのは、これはもはや性分である。
 ちなみにこの蝶紋、二巻、三巻…と、ひらひらと移動していくはずである。乞うご期待!
 
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